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※赤字は休業日です

三春素麺
第4幕
第1場:~桜めん誕生~
平成13年、長年の念願だった千年の桜『滝桜』の願いを込めた逸品、「桜めん」が完成した。香りは桜葉から、色は紅花からつくりあげた春限定の新商品が登場したのです 4月から5月半ばまで三春町内の飲食店で桜めんをが食べられます。
桜めん
桜めん
第2場:~御礼~
幻の三春索麺は、先人が残してくれた宝です。 宝にしてくれたのは、地元三春の人々の温かい心と、全国からご注文と励ましをくださる皆さまです。 この宝を、これからもじっくり、ゆっくりと育てていきたいと思います。
最後にもう一度ブレイク   そうめんは・素麺・・・・なぜ「索麺」
索餅   素麺の歴史は大変古く、約1200年前の奈良時代に中国から渡来した唐菓子(からくわし)の一つ「索瓶(さくへい)」が素麺の原形だとされています。
  素麺の歴史は古く通説では奈良時代に中国から渡来した唐菓子の一つ「索餅(さくへい)」が今日の素麺の原形だとされています。
もっとも「索餅」は小麦粉と米の粉を練った物を縄のような形にねじった食べ物だったそうですから、今日の素麺と比べるとかなりイメージが違う様に思われますよね。
それに当時は貴族が食べる高級なお菓子の一つとされていたようです。これは小麦粉と米の粉を練り、それを縄のような形にねじった食べ物だそうです。
呼び方も、初めの索餅が索麺(さくめん)となり、やがて素麺と変化していったというのが、現在では定説になっています。
さて、中国では日本よりもはるかに早く、北宋時代(九六〇~一一二七)に索麺という文字が現れる。南宋(一二七~一二七九)末期から元(一二七一~=二六八)の初め頃にできた『居家必要事類全集』という百科全書に出ている索麺の作り方の特徴は、表面に油を塗りながら延ばしていくことで、最後に棒に掛けてさらに細くするなど、わが国の手延べそうめんの製法と酷似しています。
奈良時代から室町時代にかけて、禅宗の伝来と共に中国の技術が入ってきます。南北朝時代にに現在のそうめん形となり索麺(サクメン)と呼ばれるようになりました。
 では、索麺をなぜソウメンと読んだのかだが、ソウメンは旧仮名遣いではサウメンと書くことから、サクメンが転じてサウメンになったという説や、当時の中国語の発音のソウミエンが説ったという説などがります。
素麺という表記については、禅院で精進(素菜)として食べたことからの当て字ともいわれています。  江戸時代には、七夕にそうめんを供え物とする習俗が広まっているが、これは細く長いそうめんを糸に見立て裁縫の上達を祈願したもの。古く平安時代には、七夕に索餅を食べるとおこりの病(マラリア性の熱病)にかからないという中国の故事にならい、宮廷での七夕行事に索餅が取り入れられていました。
ちなみに、室町時代の宮廷の女房詞では、そうめんを「ぞろ」といっていたようです。